和俗童子訓50

貝原益軒著『和俗童子訓』50

八歳、古人、小学に入りし歳也。初めて幼者に相応の礼義を教え、無礼を戒むべし。此ころよりたち居ふるまひの礼、尊長の前に出て、つかふると退くと、尊長に対し、客に対し、物をいひ、いらへこたふる法、せん具を尊長の前にすえ、又、取て退く法、盃を出し、銚子を取て酒をすすめ、肴を出す法、茶をすすむる礼をもならはしむべし。又みづから食する法、尊長の賜はる盃と肴をいただき、客の盃をいただきのむ法、尊者に対し、拝礼をなす法、を教え(知)らしむべし。又、茶礼をも教ゆべし。かしづき従ふ人より、まづ孝弟の道を教ゆべし。よく父母につかふるを孝とし、よく兄長につかふるを弟とす。父母をたうとびて、よくつかふる、是人たる者の第一につとめ行なふべき道なる事、かしづきて師となる人、早く教ゆべし。次に、兄長を敬まひ従ひて、あなどるべからざる事を、教ゆべし。兄長とは、兄、あね、をぢ、をば、又いとこの内、其外にも、とした(年長)けてうやまふべき人をいふ。凡そ孝弟の二は、人間の道を行なふ本なり。万事の善は、皆これよりはじまれる事を、教ゆべし。父母・兄長におそれ・慎みて、其教え戒めをよくききて、そむかざる事を教ゆべし。教えをそむきては、むげの事なり。父母をおそれず、兄長をあなどらば、戒めてゆるすべからず。もし人をあなどる事をゆるし、かへりてわらびよろこべば、小児は善悪をわきまへずして、あしからざる事と思ひ、長じて後、此くせやまず、子となり弟となる法を知らず、無礼にして不孝不弟となる。是父母をろか(愚)にして、子の悪をすすめなせるなり。やうやく年をかさねば、弟を愛し、臣僕をあはれみ、師を尊び、友にまじはる道、賓客に対して坐立進退、言葉づかひの法、各其品に従ひて、いつくしみうやまふべき道を、教えしらしむべし。是よりやうやく孝弟、忠信、礼義、廉恥の道を教え行なはしむ。人の財物をもとめ、飲食をむさぼりて、いやしげなる心を戒め、恥を知るべき事を教ゆべし、七歳より前は、猶いとけなければ、早くいね、をそくおき、食するに時をさだめず、大やう其の心にまかすべし。礼法を以て、一一にせめがたし。八歳より門戸の出入し、又は座席につき、飲食するに、必ず年長ぜる人におくれて、先だつべからず、初めてへりくだり、ゆづる事を教ゆべし。小児の心まかせにせず、きずい(気随)なる事を、かたく戒むべし。是れかんよう(肝要)の事なり。


【通釈】

八歳。古人が小学に入った歳である。初めて幼者にふさわしい礼義を教え、無礼を戒める。この頃より立ち居振る舞いの礼、尊長の前に出て、仕えるのと退くのと、尊長に対し、客に対し、物をいい、返答する法、食膳を尊長の前に据え、また、片づけて退く法、盃を出し、銚子を取って酒を進め、肴を出す法、茶を進める礼も習わせること。

また、自分で食する法、尊長から賜わった盃と肴をいただき、客の盃をいただいて飲む法、尊者に対して拝礼をなす法を教え知らしめること。また、茶礼をも教えること。

仕え従う人より、まず孝弟の道を教えること。よく父母に仕えるのを孝とし、よく兄長に仕えるのを悌とする。父母を尊んでよく仕えるのは、人たる者の第一につとめ行なうべき道である事は、仕えて師となる人が早く教えること。

次に、兄長を敬まい従って、あなどってはならない事を教えること。兄長とは、兄、姉、おじ、おば、いとこの内やその外にも、年長を敬うべき人をいう。

およそ孝悌の二つは、人間の道を行なう本である。万事の善は、皆これより始まる事を教えること。父母・兄長に畏れ慎しんで、その教え戒めをよく聞いて、決して背かない事を教える。教えに背くのはとんでもないことである。

父母を畏れず、兄長をあなどれば、戒めてそのまま許してはならない。もし人をあなどる事を許し、逆に喜び認めれば、小児は善悪をわきまえず、悪くない事と思い、成長してからはこのくせはやまず、子や弟としてのを知らず、無礼にして不孝不悌となる。これは父母が愚かで、子の悪を増長させることである。

少し年を重ねたならば、弟を愛し、臣僕を憐れみ、師を尊び、友に交わる道、賓客に対しての坐立進退、言葉使いの法を、それぞれその地位に従い、いつくしみ敬うべき道を教え知らしめること。これより少しずつ孝悌、忠信、礼義、廉恥の道を教え行なわせる。

人の財物を欲しがり、飲食をむさぼるようないやしい心を戒め、恥を知るべき事を教えること。

七歳より前はまだいとけないため、早く寝、遅く起き、食する時間を決めず、おおよそその心に任せるのがよい。礼法によって一つひとつわからせることは難しいからである。

八歳より門戸の出入をしたり、または座席について飲食するに、必ず年長の人より後にして、先にしてはならず、初めてへりくだり、譲る事を教える。小児の心まかせにせず、気ままな事を、かたく戒めること。これは肝要である。

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