和俗童子訓49

貝原益軒著『和俗童子訓』49

巻之三 年に随ふて教える法

めてゆるすべからず。もし人をあなどる事をゆるし、かへりてわらびよろこべば、小児は善悪をわきまへずして、あしからざる事と思ひ、長じて後、此くせやまず、子となり弟となる法をしらず、無礼にして不孝不弟となる。是父母をろか(愚)にして、子の悪をすすめなせるなり。やうやく年をかさねば、弟を愛し、臣僕をあはれみ、師を尊び、友にまじはる道、賓客に対して坐立進退、ことばづかひの法、各其品にしたがひて、いつくしみうやまふべき道を、おしえしらしむべし。是よりやうやく孝弟、忠信、礼義、廉恥の道をおしえ行なはしむ。人の財物をもとめ、飲食をむさぼりて、いやしげなる心をいましめ、恥をしるべき事をおしゆべし、七歳より前は、猶いとけなければ、早くいね、をそくおき、食するに時をさだめず、大やう其の心にまかすべし。礼法を以て、一一にせめがたし。八歳より門戸の出入し、又は座席につき、飲食するに、必ず年長ぜる人におくれて、先だつべからず、はじめてへりくだり、ゆづる事ををしゆべし。小児の心まかせにせず、きずい(気随)なる事を、かたくいましむべし。是れかんよう(肝要)の事なり。


【通釈】

巻之三 年に随って教える法

六歳の正月に、初めて一二三四五六七八九十・百・千・万・億の数の名と、東西南北の方の名とを教え、その子の生まれつきの利鈍を推し量って、六七歳より和字(かな)を読ませ、書き習わせるようにする。

初めて和字を教えるに、「あいうゑを」五十韻を平がなに書いて、たて・よこに読ませ、書き習わせる。

また、世間に行われている往来物の、かなの文の手本を習はせるがよい。この年頃より目上をうやまう事を教え、尊卑・長幼の区別を分からせて、言葉使いも教える。

七歳より、男女は席を同じくして並んで座ることをせず、食事も一緒にしない。この年頃の小児は少し知力も生じて、言う事を聞いて知るようになるから、英知をはかり、年に合わせて、少しずつ礼法を教えるがよい。また、和字の読み書きも習わせるがよい。

【解説】

『礼記(らいき)』の「内則(だいそく)」篇に「七年男女、不同席、不共食」(七年にして男女は席を同じゅうせず、食を共にせず)とある。有名な格言「男女七歳にして席を同じくせず」の出典である。儒家の道徳は当節、いろいろと批判されたり嫌悪する向きがあるが、この男女の区別はその中でも極めて評判が悪い。男女別学にはそれ相応の利点もあるからこの言葉は間違ってはいないとする人もいるが、総じて古臭いものとして次第に死語になりつつある。礼記の「席」は蓐席・褥席(じょくせき)、敷物、布団のことで、男女が七歳になればもう一緒の布団で寝かせてはいけない、ということ。しかし、この元の意よりも座席という意味が人口に膾炙し、勉強をする場では男女一緒にさせてはならないという意味が共鳴されて戦前までは常識となった。本書の著者、貝原益軒も原義ではなく、後から広まった意味を採っている。往来物は平安時代後期からの、主に往復書簡などの手紙類の形式をとって作成された初等教育用の教科書の総称。『庭訓往来(ていきんおうらい)』が有名(=画像)。

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