和俗童子訓47
貝原益軒著『和俗童子訓』47
子孫、幼なき時より、かたくいましめて、酒を多くのましむべからず。のみならへば、下戸も上戸となりて、後年にいたりては、いよいよ多くのみ、ほしいままになりやすし。くせとなりては、一生あらたまらず。礼記にも、「酒は以て老を養なふところなり、以て病ひを養なふところなり」といへり。尚書には、神を祭るにのみ、酒を用ゆべき由、をいへり。しかれば酒は、老人・病者の身をやしたひ、又、神前にそなへんれう(料)に、つくれるものなれば、年少の人の、ほしゐままにのむべき理にあらず。酒をむさぼる者は、人のよそ目も見ぐるしく、威儀をうしなひ、口のあやまり、身のあやまりありて、徳行をそこなひ、時日をついやし、財宝をうしなひ、名をけがし、家をやぶり、身をほろぼすも、多くは酒の失よりをこる。又、酒をこのむ人は、必血気をやぶり、脾胃をそこなひ、病を生じて、命みじかし。故に長命なる人、多くは下戸也。たとひ、生れつきて酒をこのむとも、わかき時よりつつしみて、多く飲むべからず。凡上戸の過失は甚多し。酔に入りては、謹厚なる人も狂人となり、云まじき事を云、なすまじき事をなし、ことばすくなき者も、言多くなる。いましむべし。酒後のことば、つつしみて多くすべからず。又、酔中のいかりをつつしみ、酔中に、書状を人にをくるべからず。むべも、昔の人は、酒を名づけて、狂薬とは云へりけん。貧賎なる人は、酒をこのめば、必財をうしなひ、家をたもたず。富貴たる人も、酒にふければ、徳行みだれて、家をやぶる。たかきいやしき、其わざはひは、のがれず。いましむべし。
【通釈】
子孫は幼ない時よりかたく戒めて、酒を多く飲ませてはならない。酒飲みが習慣になると、下戸も上戸となり、年が経てばますます多く飲み、自分勝手になりやすくなる。これがくせになると、一生改めることができなくなる。『礼記(らいき)』にも、「酒は以て老を養なうところなり、以て病いを養なうところなり」という。
『尚書(しょうしょ)』には、神を祭る時にのみ酒を用いるべきことが説かれている。であれば、酒は老人や病人の身を養い、さらに神前に供えるために作ったものであれば、年少の人がほしいままに飲むためのものでないことは自明の理である。
酒をむさぼる者は、他人から見ても見苦しく、威儀を失い、失言や身を誤ることがあり、徳行を害い、無駄に時間を費やし、財宝を失い、名をけがし、家を破り、身を滅ぼすのも、多くは酒の上での過失より起る。
また、酒を好む人は、必ず血気を破り、脾胃(ひい)を害い、病を生じて、命が短くなる。だから、長命な人は多くは下戸である。たとえ生れつき酒を好む人であっても、若い時から慎み、多く飲んではならない。
およそ上戸の過失は甚だ多い。酔うと謹厳実直な人も狂人となり、言ってはならないことを言い、してはならないことをし、口数が少ない者もあれこれしゃべり出す。戒まなければならない。
酒後は言葉を慎み、あれこれ話してはいけない。また、酔いにまかせての怒りを慎み、酔っている時には書状を書いて人に送ってはならない。
昔の人は、酒を名づけて狂薬と言ったが、その通りである。貧しい人は、酒を好めば必ず財を失い、家を保つことができない。富貴な人も、酒にふければ徳行が乱れて、家を破る。身分の上下に関係なく、この禍は逃れることができない。戒むべき。
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