和俗童子訓20

貝原益軒著『和俗童子訓』20

子弟をおしゆるには、先其まじはる所の、友をゑらぶを要とすべし。其子のむまれつきよく、父のをしえ正しくとも、放逸なる無頼の小人にまじはりて、それと往来すれば、必かれに引そこなはれて、あしくなる。いはんや、其子の生質よからざるをや。古人のことばに、「年わかき子弟、たとひ年をおはるまで書をよまずとも、一日小人にまじはるへからず。」といへり。一年書をよまざるは、甚あしけれど、猶それよりも、一日小人にましはるはあしき事となり。最悪友の甚害ある事をいへり。人の善悪は、皆友によれり。古語曰、「麻の中なるよもぎは、たすけざれども、おのづから直し」。又曰、「朱にまじはれば赤し、墨に近づけば黒し。」といふ事、まことにしかり。わかき時は、血気いまた定らず、見る事、きく事、にうつりやすきゆへ、友あしければ悪にうつる事はやし。もろこしにて、公儀の法度をおそれず、わが家業をつとめざるものを、無頼と云。是放逸にして、父兄のおしえにしたがはざる、いたづらもの也。無頼の小人は、必酒色と淫楽をこのみ、又、博打をこのみて、いさめをふせぎ、はぢをしらず、友をひきそこなふもの也。必其子をいましめて、かれにまじはりしむべからず。一たび是とまじはりて、其風にうつりぬれば、親のいましめ、世のそしり、を、おそれず、とがをおかし、わざはひにあへども、かへり見ず。もし幸にして、わざはひをまぬがるといへども、大不孝の罪にをち入て、悪名をながす。わざはひをまぬかれざる者は、一生の身をうしなひ、家をやぶる。かなしむべきかな。


【通釈】

子弟を教えには、まず交わる友を選ぶのを肝要とすべし。その子の生まれつきがよく、父の教えが正しくても、放逸なる無頼のつまらぬ者と付き合い、それと行動を共にすれば、必ずその者に引かれて悪くなる。ましてや、子の性格性質がよくなければなおさらである。

古人の言葉に、「年わかき子弟、たとひ年をおはるまで書をよまずとも、一日小人にまじはるべからず」とある。一年間、本を読まないのはとてもよくないことだが、それよりも、一日つまらぬ者に交わるほうがたちまち悪くなる。つまり、悪友はとても害があることをいっている。

人の善悪は、皆友による。古語にいう、「麻の中なるよもぎは、たすけざれども、おのづから直し」。またいう、「朱にまじはれば赤し、墨に近づけば黒し」。これらは本当にその通りである。若い時は血気がまだ定らず、見る事、聞く事、すべてがうつろいやすいから、友が悪ければ悪に移る事も早い。

唐土(もろこし)で、公儀の法度を恐れず、わが家業をおろそかにする者を、無頼という。これは、放逸にして父兄の教えに従わないいたずら者のことである。無頼のつまらぬ者は、必ず酒色と淫楽を好み、また、博打を好んで、諫めを聞かず、恥を知らず、友を引き入れて悪くさせてしまう。必ずわが子を戒めて、悪い友に交わらせてはならない。一たびこれと交わって、その気風が移ってしまうと、親の戒めや世のそしりを恐れず、罪を犯し、災難に遭おうとも省みない。もし幸にして、災いを免れたとしても、大不孝の罪に陥り、悪名を広めることになる。災いを免れない者は、一生わが身をだめにし、家を傾けてしまう。なんと悲しいことではないか。

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