和俗童子訓12

貝原益軒著『和俗童子訓』12

凡小児のおしえ(教)は、はやくすべし。しかるに、凡俗の知なき人は、小児をはやくおしゆれば、気くじけてあしく、只、其心にまかせてをくべし、後に知恵出くれば、ひとりよくなるといふ。是必、おろかなる人のいふ事なり。此言大なる妨たり。古人は、小児のはじめてよく食し、ものいふ時より、はやくおしゆ。おそくおしゆれば、あしき事を久しく見ききて、先入の言、心の内にはやく主となりては、後によき事ををしゆれども、うつらず。故に、はやくをしゆれば人やすし。つねによき事を見せしめ、聞かしめて、善事にそみならはしむべし。をのづから善にすすみやすし。あしき事も、すこしなる時、はやくいましむれば入やすし。悪長じては、去がたし。古語に、「両葉去らざれば、将に斧柯を用んとす」。といへるがことし。婦人及無学の俗人は、小児を愛する道をしらず、姑息のみにして、ただうまき物を多くくはせ、よききぬ(衣)をあたたかにきせ、ほしゐままにそだつるをのみ、其子を愛するとおもへり。是人の子をそこなふわざなる事をしらず。今の世にも、其父、礼をこのみて、其子のいとけなき時より、しつけををしえ、和礼をならはする人の子は、必其子の作法よく、立居ふるまひ、人のまじはり、ふつづかならず、老にいたるまで、威儀よし。是其父、早くをしえしちからなり。善を早くをしえ行はしむるも、其しるし又かくの如くなるべし。


【通釈】

およそ小児への教育は、早く始めるべきである。それなのに、凡俗の知識のない人は、小児を早く教育すると、気がくじけて悪くなるから、ただ小児の思うに任せておき、後に知恵がついてくれば自然と良くなる、と言う。こういうのは、必ず愚かな人の言うことである。こういう発言は小児の生育にとって大きな妨げになる。

古人は、小児が初めて自分で食べ、ものを言う時から、早く教えたものである。遅く教えれば、先に悪い事をいろいろ見聞きして、先に聞いた言葉が心の内で先入観となってしまうから、後で善い事を教えても、善に移ることはできない。だからこそ、早く教えるほうが良い人になるのである。

つねに善い事を見せ、聞かせて、善事になじみ習わせること。そうすればおのずから善に進みやすくなる。悪い事も、まだ少しだけの段階であれば、早く戒めれば善い事は入りやすい。悪が長じては、消し去ることは難しい。古語に、「両葉去らざれば、将に斧柯(ふか)を用んとす」というのがそれである。

婦人及び無学の俗人は、小児を愛する道を知らず、姑息なことばかりして、ただうまい物を多く食べさせ、暖かい衣服を着せ、小児の思うままに育てるを子を愛すると思っている。これは人の子をゆがめてしまうことがわからない。

今の世にも、父が礼を好み、その子が幼い時からしつけを教え、和礼を習わせると、必ずその子は行儀作法がよく、立居振舞い、人との交際、何事もいいかげんではなく、老年にいたるまで威儀がよし。これは父が早く教えたたまものである。善を早く教え行わせるのも、その効果は同じである。

【語釈】●古語に…… 『戦国策』「魏策」にある故事。斧柯はおの。災いはちいさな芽のうちに摘み取っておかないと、大きくなってしまうと斧が必要になる、大事に至る前の小事のうちに対処すべき。


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